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やっとこさ、帰途へ。

2006年10月25日 10:15

先週は首都マプトに健康診断でした。
健康診断でワクチン注射を打ったのですが、その後かなり体がダルーくなったと思ったら、帰る予定の日かなりの腹痛・頭痛が
Σ( ̄Д ̄lll)・・・


腹痛のまま乗り合いバスであるシャパで任地まで戻るのはかなりやばいだろうと思ったので、首都で休養。みんな隊員も集まって楽しくご飯食べに行ったりしているのを横目で見ながら、おとなしくしていたのですが、38度以上の熱をモザンビークに来て始めて出しちゃいました。
マラリアじゃなかったからよかったけど、多分暴飲暴食&ウィルス注射で体が弱ったのだと思います。

この間の日曜日に飛行機で帰途。
はいずるようにしてチケットを買って、さっちゃんには空港まで出迎えてもらうようVIP待遇措置敢行。
未だ家で療養しています。

家でパブロン飲んで。飲んでから30分ぐらいはとってもハイテンションなんで、動いたりしてまた後で辛かったりする。調子に乗って後でバタンと倒れる、みたいなかなりのおばかさんです。

よくよく自分の行動を考えて、動いてはならぬ!と決めて、調子に乗らないよう、本をずっと読んでいるのが3日ぐらい続きました。胃が出てくるか!?と言うぐらいの咳を絶えながら、それでもタバコを吸う私はかなりのお馬鹿さんです。
さっちゃんの薦める本やら読んだり、アフリカ訪問記みたいなものを読んだり、農業系の本読んだり、気分により様々分けていますが。

そんななか、モザンビークのJOCV隊員様達に知ってもらいたいことを発見しました。
首都マプトには個人名に属する名前のついた道や学校があったりします。
カール・マルクス通りやらネルソン・マンデラ学校などがその典型で、有名どころは分かっていましたが。

そのひとつに「Julius Nyerere通り」というものがあります。これは人名なんだか、なんだかよく分からなくて、私の頭の引き出しには聞いたことがなかったので、この間も隊員とマプトをちらほら歩いていた時にも「変な名前だよねー」と言いながら、皆誰だかはつかめない様子だったんだけども。。

とある本に書いてありました!

息も絶え絶え、頭が痛い中読んでた本に。
彼はもう亡くなられたらしいのですが、タンザニアの初代大統領でした。本の中には、1967年2月5日に発表されたアルーシャ宣言についての記述が載っていて、とても読んでいてとても感動した文章なので、ここでも紹介したいと思います。



「我々、貧しい国の人間は、今まで、豊かになろうと『金をくれ!物をよこせ!』と営々と叫び続けてきた。しかしいっこうに豊かになったためしがない。それはなぜか?国の、人間の発展は金だ、物だと考えていたからだ。金が-物が-人間を創ると信じていたからだ。衣食足りて礼節を知るなどという格言は、我々が持つべき言葉ではない。我々は知っている、我々自身こそが、人間こそが、国家を、発展を、金を、物を、そして人間自身をも創りだせる唯一の存在であることを。そしてそれは、石油もダイヤモンドも、ありとあらゆる資源を持たぬ我々が、力なき我々が、百パーセント賭けられる対象であり無限の財産である。

我々は確かに独立を勝ち取った。だがそれは自立ではない。我々は形のみ取り戻しはしたものの、その中身を再び奪われてしまったのだ。

聞け、兄弟たちよ。
自立とは自活ではない。
発展とは金ではない。
我々は食する為に生きるにあらず、生きるために食し、我が子のために生きるなり。

豊かさとは人間なり。
独立とは人間の自立なり。」


nyerere.jpg

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コメント

  1. nano | URL | -

    ちょっとは元気になったようでよかった☆
    張りつめてたものが一気に出たのかな??

    帰ってこられてよかった!!

  2. Mayte | URL | -

    ...ニエレレさんじゃん。私が数ヶ月前まで会話し続けていた、タンザニアの英雄です。彼のUjamaaは、失敗してしまったけれども、本当に理想としてはとてもすばらしいものだったのだよ。もし、時間があれば、Education for Self-Relianceを読んでみてください。教育とは誰のものか、そして何のためか。

    アルーシャ宣言に始まり、彼の思いはとても素晴らしかったと今でも思う。ただ、それを実施するのが「人間」だった。ということなんだよね。

    今でもニエレレさんはタンザニアの国民の誇りであり、また心のよりどころ。小学校全学年を通して、Lingua Franca、アフリカの言葉、1言語で教育をしとおしている国は、数少なく、ニエレレさんのKiswahili政策によって、この国はKiswahiliで人々が統一され、民族間対話が実現したといっても過言ではない。もちろん、色々な原因はもともとあったとは言え、ね。

    ニエレレさんは失脚したし、経済を落ち込ませたし、政策も失敗したけれども、その志はとても素晴らしいものだったと、思う。

  3. みぃ | URL | -

    Mayteへ

    タンザニアの教育の研究していたものねー。
    Mayteにはよくよくご存知のお方なのね。ふむふむ。
    彼の理想は素晴らしいものね、本当。国を作り上げるそのものは人間であり、その豊かさを築き上げるのも人間ということを67年の段階でこうやって高々と宣言できたって言うのはすごいことだと思います。

    モザンビークも学ぶべき教訓が詰まっている。
    勉強になりました。

  4. みぃ | URL | -

    nanoさんへ

    少しずつ回復してきて、もう大丈夫になったと思います。
    首都に出ると、自分ではわからないけれどもいろいろ体力を消耗するみたいです。気が張り詰めるというか・・

    イニャンバネがやっぱり落ち着きます。
    さっちゃんも元気ですよー。

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